ツアー

やらなアカン時がある。それが人生よ

皆さん、お元気にしとりますか?

なんや今年は梅雨明けも遅うて、照りつける、あん真夏の太陽をまだ見られんし感じられんよな

冷夏になりそうやとな

令和から冷夏か?

んで、宇津木麗華

いい選手だっよな、宇津木麗華は

そう、ここでは宇津木麗華さん、選手を付けるべきか?

例えばだな、最終日に向かって、お前が勝たな誰が勝つ?

とかな

お前がすべて!

お前に決めた!

中日の監督さんが、応援歌でお前言うのを、選手名で呼んでほしい

言うて話題になっとったが、サニーから言わしたら、言葉狩りだよ

四番バッターに、お前しかおらん

愛する女性に、お前がすべて、お前のためなら、、

言うのと一緒やろが?

あん監督さんは、やる仕事と方向が違うと、ワシは強く思うんやがどない思われますか?

そんな、こまい小さいことまで、言い出したらキリないぞな

話変わるぞ

こん前の、日本プロな

遼(石川遼プロ)がプレーオフで決め優勝したが、絵になる男やし、そら勝つまでには死ぬほど悩み努力はしてきた思うよ

しかし、やっぱりそういう運命やったんよ

ジャン兄ぃ〜が昔よう言っとったよ、怪我したりして昔のような体の動き出来んようになって苦労しとるスポーツ選手は、ほら仰山いとるやろ

筋、腰、首、痛めてな

しかし、全て込みで運命なんよ

てな。

それで治し復帰して活躍するも運命

怪我と上手く付き合って、違う路線に転向し、その先で花を咲かせるんも運命

去っていくのも運命、、、

解説やら違うビジネス始め花を咲かせるんも運命

しかし、最終的には、取り敢えずやりました。やのうて、結果を出してこそが、その自分が選んだ道、自分なりのゴール目指して磨き続けるんが尊いことやと思うんやがな

遼は、あの子は、、いや失礼やな

良い青年になった大人にな

石川遼という器は、こうでないといけない!という頑なまでのプロゴルファーとしての考えと、その背骨な

その周りには柔らかな思考があるやろ?

あんだけ自分の思いを自分の言葉で話せる選手おるか?

宮里藍か石川遼かよ(笑)

これから色々あるやろが、輝いてもらわなアカン人間やからな

石川遼選手、優勝おめでとうございました!

 


asmo

 

うん、それでな、遼なら分かって貰える思うんやがなぁ

今年のペブルビーチ、全米オープンあったやろ?

サニーもジャン兄ぃ〜と1992年のペブルビーチでの全米オープンに行っとる

23位で終了やったがな

18番のロングあるやろが、左が全部海の、、右に木やらバンカーあるよな

ジャン兄ぃ〜は初日ドライバー持ち、ショートカット狙うも海に入ってな

でな、ある解説者がな

ん?今はテレビで解説しとらんがな、ニクラウスやワトソンなんかは2アイアンで刻んで、3打目の距離、ピンから逆算して攻めとるから、18番ドライバー持つんは、無謀な攻めや

言うてな

そら、ジャン兄ぃ〜は、何も言わんかったが、うちの大将がそんなん言われたらムカつくよな、正直

で、ジャン兄ぃ〜凄いんは、翌日も18番、ティーショットはドライバー持ったよ

そして、昨日と同じラインにバチコーン!よ

セカンドはスプーンで乗せてイーグルフィニッシュですよ

ほら、スキッとしたね!

ジャン兄ぃ〜とサニーはな、申し訳ないけど、日の丸背負うて、日本の全ゴルフファンの思い背負うてメジャーでは戦ってたよ

思いは重いよ

ギャグやないど

そんだけ強い思いで戦っとる人間がな、300ヤードアゲインで手前池で狙う、無謀な攻めやのうてな

明らかに可能性あるやろが

可能性あり、自信あるなら行かなアカンやろが

技術も自信も、心技やな、これが足りない思うたら、ほら行かんでええ思うよ

しかし、、やな

言わんとすること、遼なら分かって貰えると思う

ま〜、老婆心の独り言や思うてな、皆さんにも

必ず夜は明ける

トンネル抜ければお日さん見られるよ

しかし、途中で引き返したもんには、お日さんの陽は降り注がんよ

決められたトンネル進まんと自分のトンネル掘るもよし

夜中動いて働らうて昼間休むもよし

その人間だけに、お陽さんは燦燦と降り注ぐのよ

そう

梅雨が明ければ

Sunny summerよ!(一人で爆笑)

ほな、サウナ行ってくるでな、皆さんご機嫌よう

 


asmo

 

ABOUT ME
佐野木 一志
佐野木 一志
1948.2.12生まれ。徳島県出身、愛媛県松山市在住。 1964年、選抜高校野球大会では徳島海南高校一塁手として全国大会優勝を果たす、 このエースでマウンドにいたのが尾崎将司・・・・ 早稲田大学野球部時代は都の西北に美男子佐野木有り。 と言われたとか言われなかったとか ジャンボ尾崎専属キャディーとして 通算32勝、賞金王・海外メジャーでも常に現場にいた。 ゴルフを愛する気持ち、熱い思いと現場に拘ってきた、 それこそが佐野木ズム。