滋賀県長浜市
滋賀県北部に位置し、琵琶湖に面し伊吹山麓を見る風光明媚な土地です。
元々は「今浜」と呼ばれていましたが、1575年に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が織田信長より所領地として与えられ「長浜」に地名を変えます。
ここ長浜市には、幻の城🏯
今は影も形もない秀吉が築城した伏見城と長浜城の建築物、遺構が移築され現在(いま)に残ります。
安土桃山時代の重厚で華麗な遺構が400数十年前のモノが・・・
現在の場所に移ってきたのは、慶長11年(1606年)、真宗大谷派本願寺別院大通寺として
今でも往時を偲ばせる広大で壮大な大通寺
国指定重要文化財の大通寺本堂は?
ココに伏見城から移築された木彫欄間が残ります✨
鉱石から抽出された豊かな色彩
そして、是非とも長浜市大通寺を訪れた際に御覧になって頂きたいのが・・・
秀吉が隠居の城として京都伏見に築城の伏見城
関ヶ原の戦い後に変遷辿り1619年頃廃城となるのですが、その豪華絢爛な安土桃山時代様式の伏見城で公式の謁見の間として使用の部屋が大通寺に移築されているんです。
伏見城で公式の謁見の間であったということは、上段場所に豊臣秀吉か、秀吉亡き後に伏見城に入城した徳川家康が座り,家臣達と対面した部屋でもあるんです。
そして注文頂きたいのが?
狩野派による、獅子の絵
左右に獅子が描かれますが中央部は空間空けられています。
コレは,上段場所に座る人物為に開けられている空間で、ここに秀吉が座り、広大な下段には前田利家、徳川家康、宇喜多秀家,上杉景勝,毛利輝元の五大老から官位順に沢山の武将が並び座っていたのでしょう
目を瞑り妄想瞑想の時間,コレこそが歴史マニアの真骨頂✨
上段、獅子図に挟まれた座る秀吉を下段後ろから見ると
10000,20000,50,000石未満の武将は此の辺りに座ったのでしょう
其の光景を獅子図や柱達は見て同じ空気を吸って現在(いま)に至ることを考えると感慨深いモノがあります。
そして、羽柴秀吉が築城した長浜城大手門が大通寺台所門として残ります。
鉄砲の弾がめり込んだ跡も・・・
付近は美観地区として整備されており、古(いにしえ)の時代より京の都への北國や東国からの重要な場所であった長浜の歴史を感じ観る事が出来ます。
此の様に、品と情緒あり、中途半端で品無く不細工な観光化された観光地を横目で見るたびに、長浜などホンモノが根付く街が注目されても良いのかな?と感じたりもします。
滋賀県湖北の街,長浜市
素晴らしい街です、コロナ禍収まりましたら是非訪れていただきたい街です。