先週の続き、江戸時代に入ると徳川家に仕えるようになり、旗本としてまた、伊豆が幕府の直轄地となるに及びその実質的行政を任される代官家として幕末を迎えた江川家
幕末には、かの有名な江川太郎左衛門英龍がいます。
勝海舟の先生であり、その開明的思考と思想は明治に繋がる大きなウネリとなり、多くの逸材を生み出しました。
現在、江川邸では学芸員方による解説の元、拝観出来ます。
今も学校で行われる
「前にならえ、右向け右、1、2、、」
も、元々はオランダの軍隊から日本でも隊列整えるために良い案ないかな?
から、江川太郎左衛門が取り入れ、門下生達が明治になり全国各地で教育する立場、階層になった時に取り入れ、今に残り伝わり残るんです。
あと、江川太郎左衛門は軍隊や飢饉時の保存食として、本格的にパン製造にも着手します。
邸内にはバン焼き窯が再現されています。
入り口では、往時作られたパンと全く同じモノが売られており
上のパンは、まだ食べられますが、往時と同じパンはカチカチで乾パンのよう、、味も無味でした。
東京のお台場も、江川太郎左衛門が列強からの侵略を防ぐ防衛ために築いたもので、江川邸玄関には北条早雲手植えの
「きささげ」
という漢方薬にもなる木が500年以上前から今に残ります。
新幹線三島駅から車で約30分
観光観光されていない、自然なママでの歴史を目の前で見れ、手で肌で感じ、耳で学ぶ事が出来ます。
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