プライベート

平成から令和にかけてのカリフォルニアゴルフツアー(後半戦)

前回は、4月30日サンノゼ到着から5月2日サンタバーバラの夜間に係不在状態になる謎のホテル到着まででしたね。

5月3日(旅行4日目)、係不在のホテルから夜逃げするようにルームキーを部屋に置き去りにしてホテルを出発。

ゴルフ場に行く前にTさん(津山さん)のお嬢様(NANAさん)の強い要望でDenny’sに行きました。

NANAさん曰くYouTuberのバイリンガールさんが、アメリカの色々な紹介をしているそうで、チャンネルの中でDenny’sに行くべしのような事を言っていたので、それを忠実に守りたかったようです。Denny’sに到着した直後に、お決まりのポーズで写真を数枚、非常に嬉しそうでした。Denny’sの駐車場でこんな笑みを浮かべるとは…

しっかりと朝食を済ませ、おじさん三人とRancho San Marcosというコースに向かいました。

このコースに行くためには、Santa Barbaraの山岳地帯を上り下りする必要があり、その山道からの風景も素晴らしいものでした。

コースに到着して思ったのが、ゴルフ場というより牧場です。あっそーか!ゴルフ場のネーミングはスペイン語でサンマルコス牧場だからね。古い馬小屋がレンタルクラブ並びにメンバーさんのクラブ置き場になっていたし、クラブハウスは牧場内のゼネラルストア風でした。コースは、完全に牧場内の自然を活かしたまま作り上げた感じでした。コースからの眺めも素晴らしく、ピクニック気分でラウンドできました。

ゴルフを終えて再度サンタバーバラの街を超えて、宿泊地であるトーランス(ロサンゼルスから南に20キロ)に向かう予定でしたが、小腹もすいてメキシカンでも食べようというJHさん(廣崎さん)の提案に賛同しググった結果、良さげなTaqueria(タコス屋)を見つけて、いざGO!

ここが超ローカルの店で、店員・お客みーんなスペイン語で話している、メキシカンやラテン人種の憩いの場でした。

ここはハードシェルのタコスではなく、ソフトシェルのタコス。一個2ドルという安さに加え味も最高!探しあてた自分に思わずグッジョブ!同行した皆さんも大喜びでした!

そのあと、ロサンゼルスに向けて出発。道のりとしては105マイル(168キロ)なので不通に走れば2時間弱。

しかし、金曜日の午後ということもあり道路の混雑はひどく、ナビも迂回迂回の嵐で結局は4時間もかかりました。しかし、迂回をしたことによって予定外のマリブ海岸沿いを走って、バブリーなNOBUレストランや隣接のNOBU RYOKANも拝むことができました。一説によると一泊食事付きで2,000ドル(約22万円)!どっひゃー!

夜は、廣崎さんや自分とゴルフブログでコネクトしているLA在住のゴルフ仲間と地ビール醸造所系列のアメリカン居酒屋でビールとつまみで3時間近く話をして盛り上がりました。そんなに長居したとは思わなかったのだが、楽しい時間は早く過ぎるものですね!

宿泊は今回初の日系ホテル(リダックゲートウェイホテル)でした。

5月4日(旅行5日目)、朝食ブッフェにはご飯・味噌汁・納豆・海苔もあり、久しぶりの和朝食に感激。

食べるのに夢中になり写真取れませんでした。

今日のラウンドは、昨晩一緒にBrewery(醸造所)で飲んだ仲間と長身でパワフルな女性との8人でRustic Canyonというギル・ハンスがデザインしたコースでした。ギルハンスはリオオリンピックのコース、LAカントリークラブ、ウィングドフットなど数々の名門コースを手がけました。レイアウトは非常に面白く、リスクリワードの多いコースで、Tee Shotのラインの出し方、パー5の2打目の攻め方など一つ間違えると大たたきしてしまう落とし穴も沢山ありました。ロサンゼルス近辺を訪れたら是非と一度はトライしてください。

ラウンド後、8人で移動して軽く飲んで別れを告げました。

今回の旅の最後となる5泊目は、何と今回の旅のメーンイベント会場であるリビエラカントリークラブ!

重厚なゲートと門番、ビビりながら入場しました。目の前に歴史を感じる大きなクラブハウス、その中に約30室のゲストルームがあります。今回は津山さんのお知り合いの松永さん(リビエラCCメンバー)のご厚意により宿泊が可能になりました。

博物館のような館内を歩き部屋に案内されました。さすがリビエラCC、部屋の家具・備品・デコレーションのDetailまで超一流でした。

夕食は、リビエラCCの外でしたが、松永さん御用達の手打ちそばの美味しい日本食レストランに行きました。松永さんと素敵な奥様、そして可愛らしいお嬢様二人と我々との8人で楽しいディナーでした。そういえば最初に上のお嬢様と会った際に「ねーねー、前どこかで会ったことあるよねー」って言われたのには驚きました。逆ナン!?でも相手はどう見ても4−5歳の幼稚園児、その時ご両親共に驚きの表情でした・・・

明日は最終日、念願のリビエラでのプレイ!

5月5日(旅行6日目、最終日)、残念なことにNANAお嬢さんは一足先に帰国なのでリビエラでのプレイはできませんが、みんなでリビエラのプロショップで一緒に買い物。可愛らしいゴルフシャツを買われてご満悦。飛行場に向かう前に、近くの町で朝食をとりました。Blue Bottle Coffeeがあったので中を覗くとそこにエコバッグが売っており、何とその名が「Nakameguro Tote」何故中目黒!?

そこから隣のBrentwood Country Mart内のFARM SHOPという店でパンとコーヒーを買い食べました。これまた絶品。いろいろなパンがあったので全部食べたかったですが・・・

NANAお嬢さんをお見送りしてから、我々一行はクラブハウス横の練習グリーンでパットとアプローチ練習を念入りにおこないました。昼過ぎに松永さんがいらして4人でクラブハウス内でランチ。今回もクラブサンドを注文しました。Poppy Hillsのクラブサンドも美味しかったけど、こちらのも絶品でした。プライドポテトの代わりにフルーツ盛り合わせは嬉しかった!

松永さんと一緒にゴルフ談議に明け暮れながら時計を見るとスタートまで40分。そろそろ練習に行きましょうと、練習場に移動。

勿論、芝から打てる素晴らしい練習場でした。係のスタッフがボールを持ってきてくれてセットアップ。なんかセレブになった気分!

練習始めたが、どんどん心拍数が上がり始め気持ち的にも舞い上がってしまいました。えっー、なんでシャンク!ここで出るか!こんな感じで練習を終えてスタートホールに向かいました。

リビエラの一番TEE、お立ち台の上、いきなりスターターが「一番手は、ニューヨーク州ニューヨーク市のフランク・ハヤカワ」とトーナメントさながらの紹介!思わず帽子のつばを触って会釈、そこからプレショットルーチンに入り打ちました。あまり記憶に無いが、何とかフェアウェイ左サイドのファーストカットにフェード系のボールを打ちスタートできました。続く津山さん、廣崎さん、メンバーの松永さんもそれぞれスターターからの紹介を受け、見事全員インプレイでスタートしました。

まだまだ心臓バクバク状態の僕ですが、この出だしのパー5で何と痛恨の9!それもペナルティなしで!記憶にない最悪の出だしでした。2番ホールも全然まとまらず、3番終わって+7、1番からやり直したいという状況でしたが、仲間と一緒にリビエラでプレイできている嬉しさでリセットされました。そこから徐々に冷静にプレイができるようになり、何とかラウンドできました。6番の名物パー3では、物の見事にグリーンセンターのバンカーに入れました。しかし、そこから絶妙なバンカーショットでパーを取ることができました。

過去に何度もテレビ中継で見たこのコース、やはり映像ではわからないアンジュレーションや芝目のきつさ、さすがマチュアーなコースだと感心しました。最終18番、キャディからとにかく高い球で左の木を狙って打てと言われその通りに打つことができました。フェアウェイに行ってなるほどなと納得、2打目を狙うのには左サイドからのほうが圧倒的に狙いやすい。今回の旅行の前にフィッターと2週間かけて新調したEpic Flash 7Wの距離(210ヤード)を残した第二打、今回の旅行で最高の当たりが出て、見事ツーオン・・・しかし、アドレナリンバンバンでバーディパットをオーバー、返しも外してボギーにしてラウンド終了。悔しいラウンドだったけど、最高に楽しかった!

またリベンジしに帰ってくるぞーっと宣言しました。松永さん、一生の思い出になる素晴らしい時間を本当にありがとう!

その後、ラウンド後の反省とラウンド前のゴルフ談議の続きで盛り上がり、気が付いたら僕の帰路のフライト時間が迫っていたのでリビエラを後にしました。廣崎さんは翌日にトーリーパインズでのラウンドがあるのでサンディエゴに、津山さんは仕事でアリゾナに、僕はNYに、3人それぞれ行き場がありますが、僕をLA国際空港まで送ってくれて別れを告げました。

津山さん、廣崎さん6日間の素晴らしい旅と良い思い出をありがとう!

皆さんも、ゴルフ仲間と数多くの思い出を作ってくださいね!

 

ABOUT ME
フランク 早川
1963年1月17日生まれ。 1978年単身アメリカに留学。 1986年ラ・サール大学理学部生物学科卒業 1987年 鐘紡株式会社入社 1992年Kanebo Information Systems Corp. (USA) 出向 2000年 同社社長就任 2007年 ニューヨークにてDouble Eagle Solutions(IT Consulting会社)起業現在に至る ゴルフ歴25年、とにかくゴルフをこよなく愛しています。週末は必ずゴルフをしないと震えがくるゴルフ依存症の54歳、40台の頃はニューヨークで五本の指に入る腕前で今でも多くのアマチュア大会に参戦している。現在のハンデは7と低迷しているが、ニューヨークのアマチュアゴルフ界では知らないものはいない存在。 過去10年は、PGAツアー並びにUSGA Championshipにてスコアラーのボランティアにも力を入れており、FedexCup Playoff、PGA Championship、US Openの上位グループのスコアラーも任されるようになった。 クラブフィッター、ティーチングプロ、ローカルPGAプロ、スポーツセラピストとの交友も深く、常にゴルフ関係の動向にアンテナを張って生活している。