日本津々浦々歴史探訪記

壮大な唯一完璧に残る草津本陣

「本陣」という言葉を聞いて何を想像されますでしょうか?

殆どの方々が別に想像、気にも止められないかもしれませんが、ここで出会うも縁、少しお付き合いくださいませ🙇‍♂️

「本陣(ほんじん)」は江戸時代に街道の宿場町に設置された、参勤交代での大名や家老、公家や旗本、幕府上級役人、門跡、などのみが泊まる今で言う最高級ホテル、最高級旅館の様なものなんです。

帝国ホテル、ホテルオークラ、柊屋、俵屋の様な、、、

その次の身分に位置する人や混んでいる時は脇本陣があり、その他の人々は普通の旅籠(はたご)や民家に泊まることさえもありました。

さて、今の滋賀県草津市は江戸時代には中山道と東海道が交わる大きな宿場町として栄え、2つの脇本陣がありましたが、その内の田中七左衛門本陣跡がほぼ完璧な形として今に残ります。

日本全国に何百あった本陣ですが、今は約20が残るばかり、、、しかも完璧な形で残るのは草津本陣のみ

まず、草津本陣外観は?

中山道と東海道の分岐点が数十㍍先にあるのですが、、

江戸時代と変わらぬ道と流れが今にあり、草津本陣門入ると?

当日、草津本陣管轄する委員の方に御同伴頂き色々と教えてもらいながら本陣内を拝観しました。当時としてはカナリ高い天井と、広い造り

左右に上級家臣達が泊まる部屋を見て奥に進むと?

撮影禁止でしたので掲載出来ませんが、大名や旗本、公家のみが宿泊する上段の間があり、その奥には、委員の方に案内頂き

大と小の雪隠(せっちん)、トイレが残ります。

1862年に薩摩の島津久光が江戸に上る時に家老の小松帯刀はこの草津本陣に宿泊していると、当時の宿泊帳(大福帳)に記載残るので、間違いなくこのトイレ使用したでしょうね

14代将軍徳川家茂に嫁いだ皇女和宮は、昼休憩で草津本陣で休憩するも、トイレは奥の庭に仮設トイレ築き使用しなかったそうです。

やはり別格なんですね!

そう、そして上段の間とトイレを左手に見て奥に少し進むと?

右手には湯殿があります。

写真で見るより、往時のハイソサエティの方々の宿泊した唯一完璧に残る、本陣建物ですからね、是非とも生でご覧頂きたいです。

20〜30人以上も宿泊すること出来たので、台所の大きさも規模スゴイです。

150年以上、江戸時代から残る貴重な建物ですが、一つ一つの梁、細部の仕事が凄く丁寧で優雅、それなのにシンプルに見えるんですよね

日本の美が寺院などだけでなく、本陣にも在り今に観る事が出来る幸せを一杯感じながら拝観させて頂きました。

滋賀県草津市、草津駅からも程近い、草津本陣跡

江戸時代の地方に於ける最高級ホテル、旅館を生で是非ご覧に頂ければと思います。

 

 

 

 

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時空少年タケシ
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こんにちは、時空少年タケシです✌️ ゴルフトーナメント関係の仕事をしています。 幼少時より、根っからの歴史好きで、各地各地に行くたびに、神社仏閣、城は勿論、合戦場、遺跡などにも足を運びます。 マニアックでなければ、意味がない! これをモットーに100パーセント自己満足の記事をお届けさせて頂きたいと思います。