ツアー

終わりよければ…でなかったレクシー・トンプソンの2017年度LPGAシーズン

 

皆さんも記憶にあるように、今年最初のLPGAメジャーANAインスピレーションでは最終日のラウンド最中に異例の四打罰の通告(前日のラウンドの)を受け、メジャー初優勝をユ・ソヨンに奪われました。

そんなスタートを切った2017年のシーズンですが、その後は素晴らしい戦いを繰り広げ

2回の優勝、準優勝3回し、賞金ポイント首位、年間平均ストロークでも首位で先週末のCMEグループ・ツアー選手権にのぞみました。

首位に1打差で迎えた最終日、OUT終了時点で4つ目のバーディーを奪い首位で折り返し、僕はこの勢いで優勝すると確信しました。

迎えた18番パー4、Tee Shotをフェアウェイに捉え、ツーオン成功。

バーディーパットは入らず、残るは約60センチのパット。

誰もが、このまま逃げ切ると思った瞬間に、何とOKパットの距離を外し痛恨のボギー!

2打差の首位で18番ホールに立ったはずが、2位にいたアリヤ・ジュタヌガンが17番をバーディーにし

この時点で二人とも14アンダー。3人が同スコアで並びました。

またとないチャンスと思ったアリヤ・ジュタヌガンは18番で見事にロングパットを沈め、レクシーから優勝を奪い取りました。

2位タイでトーナメントを終えたレクシーですが、年間女王の座は譲らずに100万ドルのボーナスを手にしました。

しかし、失うものは多かったのです。

この最終戦で優勝していれば、以下の4冠達成でした。

CMEグループ・ツアー選手権優勝
年間女王
プレイヤー・オブ・ザ・イヤー賞
年間最小スコア賞

しかし、レクシーは年間女王と年間最小スコア賞のみ獲得し、シーズンを終えました。

彼女にとって2017年のシーズンは色々な意味で忘れられないシーズンになったことでしょう。

レクシーファンの一人として、来年度は更に磨きかけて4冠とって2017年の悪夢を笑い飛ばしてほしいものです。

ガンバレ、レクシー!

 

 

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ABOUT ME
フランク 早川
フランク 早川
1963年1月17日生まれ。 1978年単身アメリカに留学。 1986年ラ・サール大学理学部生物学科卒業 1987年 鐘紡株式会社入社 1992年Kanebo Information Systems Corp. (USA) 出向 2000年 同社社長就任 2007年 ニューヨークにてDouble Eagle Solutions(IT Consulting会社)起業現在に至る ゴルフ歴25年、とにかくゴルフをこよなく愛しています。週末は必ずゴルフをしないと震えがくるゴルフ依存症の54歳、40台の頃はニューヨークで五本の指に入る腕前で今でも多くのアマチュア大会に参戦している。現在のハンデは7と低迷しているが、ニューヨークのアマチュアゴルフ界では知らないものはいない存在。 過去10年は、PGAツアー並びにUSGA Championshipにてスコアラーのボランティアにも力を入れており、FedexCup Playoff、PGA Championship、US Openの上位グループのスコアラーも任されるようになった。 クラブフィッター、ティーチングプロ、ローカルPGAプロ、スポーツセラピストとの交友も深く、常にゴルフ関係の動向にアンテナを張って生活している。