プライベート

日田中津往還路 壱

 

ライザップKBCオーガスタが福岡県芥屋ゴルフクラブで開催される前週に、大分県日田市と日田市より大分県中津市を探訪して参りました。
何故この場所探訪か
先ずは、先日の福岡県朝倉市、大分県日田市、英彦山系より流れ出る山国川が流れる、耶馬渓と河口の中津市
朝倉市での復旧は未だ大変な道程ではありますが、日田市内の温泉街や料理屋、観光も全然大丈夫なのに、キャンセルが続いていると聞いたので、少しでも素晴らしい場所を観光させて頂き、僅ではありますが、プチ贅沢し地元に観光費を落させて頂ければの、タケシ。個人的な思いからでした

 

日田市流れる三隈川で、まず昼食

鮎の香ばしい薫りと炭の匂いが鼻腔を刺激します

鮎の塩焼き2匹と、内臓取った鮎を輪切りにした鮎のセゴシ

カボスタップリかけて頂きました。

 

さて、ここ日田市は飛騨、関東、美濃と並び幕府の重要な直轄地、代官所が置かれた土地です。
1767年には西国筋郡代になり、九州全体の江戸幕府の行政司法などの重要地になりました。
先記の幕府直轄地の重要な4ツの代官所、関東郡代は関八州のお膝元、後の3ツに共通するのは、何でしょうか?
そうです
材木です。
江戸が度々の地震や火事で膨大な材木が必要でまた、小判産む重要な財源であった当時、良質で今でいうブランドの日田杉、檜は大坂や江戸で高値取引されました。
その際に、幕府から会津若松藩に一つの命令が下されます。
それは
日田杉、檜の大坂、江戸への輸送ルートを造成し完成、維持、発展させること。

 

日田杉、檜を大坂、江戸に向け輸送するのに1番の近道は、大分県中津市の港までの道。日田→中津間の約30キロの耶馬渓谷の難所に道を通さないといけない
その幕命からの重要任務に会津若松藩は藩祖 保科正之の母方に連なる、藩の重臣神尾某を日田に、現在でいう支社長、いや、新規事業担当役員として、遠く会津若松より日田に藩士を連れて赴任します。
そして、話は少し変わりますが、この日田→中津間の耶馬渓に残る九州最古の民家が

会津若松藩より来て、結果的に任務遂行と歴史の間に挟まれ、江戸や会津若松に帰郷することが出来なくなり、今もココに住み歴史伝える神尾家があります。

 

神尾家住宅は国重要文化財で九州最古の民家、江戸時代は組頭
と、ありますが、厳密にいえば、もとは会津若松藩士で西国筋郡代に昇格した代官所配下に近く、色々な情報に渡る任務をも兼務するようになっていった隠密に近い、そして民家というよりは軍事基地、会津若松藩と幕府の作戦遂行場所と考えた方が良いかもしれません。
来週土曜には、現在の神尾当主より内部をご案内頂き、色々と説明を頂きました。
それを、お伝えさせて頂きます。

 

 

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ABOUT ME
時空少年タケシ
こんにちは、時空少年タケシです✌️ ゴルフトーナメント関係の仕事をしています。 幼少時より、根っからの歴史好きで、各地各地に行くたびに、神社仏閣、城は勿論、合戦場、遺跡などにも足を運びます。 マニアックでなければ、意味がない! これをモットーに100パーセント自己満足の記事をお届けさせて頂きたいと思います。