鳴尾ゴルフ倶楽部なども領地として治めていた旗本 能勢氏

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日本で世界のゴルフ場ベスト100に入ったの廣野ゴルフクラブ、川奈、そして鳴尾ゴルフ倶楽部だけだったと思います。

ゴルフ場が元々持っている地形と設計者の意図、メンバー、歴史etc様々な変遷へて今があり世界の中での名コースに選ばれたら訳です。

数年前の日本シニアオープンで倉本昌弘プロが優勝した鳴尾ゴルフ倶楽部

2020年も開催決定しています。

能勢の里山、自然の造形織りなす地形の上に美的センスと戦略性高い鳴尾ゴルフ倶楽部

日本が大事にしていかなけれい、日本独自の素晴らしいゴルフ場だと思います。

さて、話は変わります

古来より鳴尾ゴルフ倶楽部がある土地は、清和天皇第六皇子の貞純親王を祖とする清和源氏。源頼朝、足利尊氏などもその、清和源氏・源満仲から発祥しているので、武家の棟梁の本貫地なんです。

徳川家康も清和源氏を名乗ってますが、元は三河の土豪の出で、征夷大将軍になるために家系図偽証作成させただけですから、源頼朝や足利尊氏とは訳が違いますね

そう、その源氏の祖、源満仲を祖に持つのが旗本 能勢氏(のせ)です。

鎌倉、室町時代も現在の兵庫県川西市北部、猪名川町などを所領として治め、代々続きましたが、室町時代後期、いわゆる戦国時代に22代能勢頼通は織田信長勢力下にはいるを良しとせずに、ライバル関係にあった塩川氏に滅ぼされ、頼通の弟 頼次は明智光秀とも通じていた事から秀吉に睨まれ、岡山に隠れ住みます。

しかし、頼次弟が京都の実相寺で住職していて徳川家康と知己を得て、清和源氏の名門 能勢氏の現在を知り、岡山に隠れて住んでいた能勢頼次を近習に取り立てました。

そして、関ヶ原の戦いや、大坂の陣などでも戦功あげて能勢氏数家が徳川家の直属の家来、旗本として取立てられ、信長・秀吉時代の不遇時代から転じ表舞台に立つ様になります。

先日、旗本 能勢氏本家が江戸にある屋敷でない、所領地としての陣屋跡を歩いてきました。

晩秋、里山の景色は能勢氏が治めていた時代と変わりないでしょう

1万石以上の大名でなく、3000石、4000石の石高の能勢氏でしたが、立派な穴太(あのう)積みの石垣が残ります。

明治初期に取り壊されましたが三層の櫓や本丸御殿、広大な敷地跡には立派な屋敷がありました。

今はただ、、

広い整備された原っぱと、石垣が残されているだけです。

しかし、建物こそ無けれど旗本 能勢氏の陣屋(居城)跡、地黄城の縄張りと往時を偲ばせる佇まいはマニアにとって堪らないものです。

晩秋の里山能勢に刈り取られた後の、稲穂、焚き火の煙と香りが遠くにありました。

 

 

 

 

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時空少年タケシ

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